2016年6月27日月曜日

襲名



『襲名』という言葉に 怪談の気配を感じる。

本来の意味合いは、親から子へ 師匠から弟子へ『名』を受け継ぐ、なんとも晴れやかで 熱いものなのだが、どうも字面だけを見ると物騒である。

なぜなら、『名』を『襲う』と書くからだ。

…。
きっかけとして、こんな昔話が あったのかもしれない。

昔々、旅の要所として栄えるある街で奇妙な事が 続いた。

街の至る所で 死んだように人間や犬や猫が うずくまって動かなくなったり、または 酔ってもいないのに大声を出したり、いきなり火をつけようとしたりする我を忘れた者達がいたのだ。

この異常な事態に 街全体が 緊迫し 張り詰めていた。

しばらくして、薄気味悪い黒い霧のようなナニカが、原因だと解ってきた。

黒い霧のようなモヤのような正体不明のヨクワカラナイモノに 捕まると狂ったように走り回ったり、暴れ出し、しばらくすると、魂が抜けてしまったかのように ほうけて、じきに死んでしまっていた。

山寺の僧によると そのヨクワカラナイモノは 古くから存在するが名前がなく、名前を求めて 人や動物 時には刀や美術品までも見境なく襲うらしいとのことだった。

ただ、誰も退治する方法を知らなかった。

昼であろうと夜であろうと、外であろうと家であろうと、それは突然 現れる為、人々は 怯え困り果てていた。

そんなある時、噂を聞いた若い旅役者が 夜道で黒いモヤモヤにいきあった。

『私の名を賭けよう。』
若者はヨクワカラナイモノに勝負を挑んだ。

彼は懐から鬼の面を取り出した。
鬼気迫る、まるで本当の鬼のような見事な舞いであった。

黒いモヤモヤは、広げていた風呂敷を乱暴に折りたたむようにモヤモヤをギュッと縮め一気に若者目掛けて飛びかかった。

しかし、黒いモヤモヤが取り付いたのは鬼の面であった。

若者は鬼の面を瞬時に放り投げ 
別のお面をさっと被るとこれまでとは違う繊細な踊りを舞い出した

女人の面、翁の面、猿の面…。
黒いモヤモヤが乗り移るたびに面を取っ替え引っ替え付け替えては舞い続けた。

周囲には面が散らばった。

若者には名が たくさんあった。
各地を旅し、集めた話から名を借りて自分自身のように演じる事ができた。
そのため何度 名を奪われても若者は自分を失わなかった。

『他より名を奪う〝襲名〟よ私には幾千もの名があるぞ!観念するがいい!』

その時であった。
呼び掛けられ 意図せず名をつけられた黒いモヤモヤは、カーンと悲鳴のような甲高い音を発し 一瞬にして跡形もなく消えてしまった。

こうして、街には平穏が戻り人々は 感謝し旅役者には謝礼の品々が贈られた。

その若者は後に、誰もが知る 永く続く舞踊の流派の初代となり、家元が変わる際には 初代の勝負が題材の 『演目:襲名』が舞われた。

それ以来、名を受け継ぐ事を『襲名』と呼ぶようになったとさ。

これきって とっぴんぱらりのぷう 』

…。
なんて戯言をコロッケパンをかじりながらボーッと考えていた。
絶対 語源は もっと穏やかな はずである。

話はそれるが、『襲』の中には『龍』がいる。
龍が 衣をまといて襲う??

なんでそうなったんだ。
しかし、強そうである。